大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和58年(オ)1044号 判決

上告人

幡新守也

右訴訟代理人

松本正一

被上告人

伴達明

右訴訟代理人

田中壽秋

主文

原判決を破棄し、第一審判決を取り消す。

京都地方裁判所が同庁昭和五二年(ケ)第一一二号不動産競売事件について作成した配当表のうち被上告人に対し二〇三万六九四三円を配当するとある部分を取り消し、右金員を剰余金として上告人に対し交付すると変更する。

訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人松本正一の上告理由について

一原審が適法に確定した事実関係は、次のとおりである。

1  上告人は、訴外野田隆造に対し昭和五〇年四月一八日一五〇〇万円を利息月三分、弁済期約三か月後の約定で貸し付け、そのころ、同人の子である訴外野田隆春から右貸金債権を担保するためその所有に係る本件土地を譲渡担保として譲り受けた。隆造は右弁済期に弁済をしなかつたが、上告人は、隆春に対し本件土地について右の譲渡担保に基づく所有権移転登記を経由することを猶予していた。

2  隆造は、昭和五一年九月ころ、上告人に対する右貸金債務を弁済しないまま、隆春とともに行方不明となつた。そこで、上告人は、同月三〇日、隆造及び隆春から予め交付を受けていた本件土地の権利証、委任状、印鑑証明書等を使用して、上告人の妻である訴外幡新敦美名義で本件土地について右の譲渡担保を原因とする所有権移転登記を経由した。

3  本件土地の抵当権者である訴外中村公俊の申立(京都地方裁判所昭和五二年(ケ)第一一二号不動産競売事件)により、京都地方裁判所は、昭和五二年六月一四日本件土地について不動産競売開始決定をし、そのころ本件土地について任意競売申立の登記が経由された。

4  このため、上告人は、本件土地を売却しようと考え、訴外橋本清に対し売却方を依頼し、その便宜のため、同年一一月七日同人に対し所有権移転登記を経由したが、同人が本件土地の売却に成功しなかつたため、同年一二月二一日同人から真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記を受けた。

5  被上告人は、隆造に対し昭和五一年八月中旬ころ四三〇万円を手形貸付の方法で利息月五分の約定で貸し付け、右貸金債権を担保するため、隆春の所有に係る本件土地につき根抵当権の設定を受けることになつたが、その名義については、被上告人が代表取締役をしている会社の従業員で右融資手続を担当していた訴外田中昭太郎の名義を便宜上使用することにして、同人名義をもつて同年九月六日本件土地について極度額を六〇〇万円、債権の範囲を手形債権及び小切手債権、債務者を隆造とする根抵当権設定登記を経由した。

6  被上告人は、自己名義で根抵当権付き債権者として配当を受けるため、田中との間で、昭和五二年七月一日付をもつて、隆造に対する田中名義の根抵当権付き債権を田中から被上告人に対し譲り渡す旨の契約書を作成したが、根抵当権設定登記については、本件土地の所有名義が隆春から幡新敦美、橋本清を経て上告人に移転されていたため、元本確定の登記に至らず、その移転登記を経由することができなかつた。

7  そこで、被上告人は、昭和五四年三月一三日京都地方裁判所に対し右の経緯等を記載した「上申書(債権の届出)」と題する書面を右の契約書を添付のうえ提出し、その実質関係を証明して自己が根抵当権付き債権者であるとして、これを申し出た。

8  京都地方裁判所は、昭和五四年一二月一二日の本件配当期日において、本件土地の競売代金一〇一〇万円及び利息等一五万六一五八円の合計一〇二五万六一五八円につき次の配当表を作成した。

(一)  中村公俊に対し

共益費  二一万九二一五円

抵当権付き債権  五〇〇万円

右の損害金  三〇〇万円

(二)  被上告人に対し

根抵当権付き債権 二〇三万六九四三円

9  上告人は、右の配当期日において、右の配当表に異議を申し立てたが、異議は完結しなかつた。

そこで、上告人は、被上告人に対し本訴を提起し、被上告人が仮に隆春に対する根抵当権付き債権者であつたとしても、被上告人はその旨の登記を経由していないから、本件土地について所有権を取得しその旨の登記を有する上告人に対し、右の根抵当権をもつて対抗することができないことなどを主張したうえ、右の配当表のうち被上告人に二〇三万六九四三円を配当するとある部分を取り消し、右金員を所有者に対する剰余金として上告人に交付することに変更する旨の判決を求めた。

以上の事実関係のもとで、原審は、被上告人が本件土地について田中名義ながらも実質上根抵当権付き債権を有していることが証明される以上、被上告人は、競売法二七条四項四号にいう「不動産上ノ権利者トシテ其権利ヲ証明シタル者」に該当し、上告人に対する関係でも根抵当権付き債権者であることを主張することができると解し、上告人の本件請求を全部棄却すべきものとし、これと同旨の第一審判決は正当であるとして控訴棄却の判決をした。

二しかしながら、不動産競売事件の配当における債権の順位・優劣、剰余金ある場合におけるその交付を受けるべき所有者等の問題は、差押えの効力に関する点を除き、民法、商法その他の実体法によつて決せられるべきものであるところ、原審の確定したところによると、被上告人は本件土地につき根抵当権の設定を受けた者であり、他方上告人はその設定者から本件土地の所有権を譲り受けた者であるというのであるから、被上告人と上告人とは同一不動産につき相容れない物権を有する関係に立つものというべきであり、したがつて、被上告人が上告人に対し本件土地について第三者の申立に係る競売事件の配当においてその有する根抵当権を主張して配当を受けるためには、右の根抵当権について有効な登記を経由していることを要するものというべきである。しかるに、被上告人が本件土地について経由していると主張する根抵当権設定登記は、訴外田中昭太郎の名義であり、これをその実体上の権利関係に基づいて被上告人自身の登記と同視することができるとすることは、登記の有する公示方法として性質に反し、許されないものというべく、そもそも、右のような他人名義の登記は、特段の事情のない限り、登記に符合する実体上の権利を欠くものとして無効な登記でもあるのであるから、被上告人は、右のような他人名義の登記を有するからといつて、上告人に対しその有する根抵当権をもつて対抗することはできないものといわざるをえない。したがつて、被上告人が実質上の根抵当権付き債権者であることを証明したことによつて本件土地の競売代金から配当を受けることができるものとした原審の判断は、法令の解釈適用を誤つたものであり、右の違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであつて、これと同旨に帰する論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、原審の適法に確定した前記事実関係のもとにおいては、右説示に徴し、上告人の本件請求は全部理由があるものというべきであるから、上告人の本件請求を棄却した第一審判決を取り消し、本件請求を全部認容すべきである。

三よつて、民訴法四〇八条一号、三九六条、三八六条、九六条、九八条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(谷口正孝 和田誠一 角田禮次郎 矢口洪一)

上告代理人松本正一の上告理由

第一点

原判決には、理由を附していないという違法があるか、理由にくいちがいがあるという違法が存すること。

すなわち、上告人〈原告、控訴人〉が、第二審で、本位的な主張として、

「競売法による競売手続では、それに準用されるべき民訴法六四五条以下の解釈として、執行力がある正本によらない配当要求は、担保権を有する債権者は別として、執行手続の迅速と安全を図る趣旨から許されないものである(大審院昭和八年一一月二一日判決)ところ、〈被上告人〉被控訴人は、執行力がある正本も担保権も有しない。」ものであることを主張したのに対し、

原判決は、それを、第一審で、陳述ずみのもの(第一審判決五枚目裏六行目以下)としたけれども、

前記の本位的な主張が意図したところは、結局、係争の重点に関する第三審の判決で最初のもの(大審院昭和八年一一月二一日判決同院民事判例集一二巻二七四五頁、未尾に同判決を資料(い)として添付しておく。)とこれにつづく同旨の判決(大審院昭和一六年一二月五日判決同院民事判例集二〇巻一四四九頁と高松高等裁判所昭和二九年九月三〇日判決高等裁判所民事判例集七巻六九四頁とで、末尾にこれらを資料(ろ)(は)として添付しておく。)を援用し、上告人の主張を理由づけようとしたものであるのに対し、

原判決の摘示する上告人の第一審の主張なるものは、

「被告〈被控訴人、被上告人〉は、本件土地につき被告〈被控訴人、被上告人〉名義の担保権の登記をしていないし、執行力がある正本も有していないから、配当要求債権者となることができない。」(第一審判決五枚目裏六行目から八行目まで)というにとどまり、

両者が用語上からも文脈上からも同一のものでないことは疑を残さないにかかわらず、

原判決は、上告人の主位的な主張を認容しない理由として、第一審判決一四枚目表三行目以下の判示を引用し、競売法三三条二項二条二項と最高裁判所昭和四三年六月二七日判決同裁判所民事判例集二二巻一四一五頁、同じく昭和四八年七月一二日判決同裁判所民事判例集二七巻七六三頁などの参照を附加するのみであるところ、さような引用のなかに第二審の主位的な主張に対する判断がふくまれるはずがないとともに、さような附加は、法条の特示と判例の挙示とであつて、しかも後者は係争の案件と関連のうすい余計なもの(末尾に二つの判例を資料(に)(ほ)として添付しておく。)であつてみれば、原判決は、問題の上告人の主位的な主張と正対することを避けて判決を進めた結果、形式的には理由が附せられた格好をつけているものの、実質的には理由を附していないか、理由にくいちがいが生じているもの(民訴法三九五条六号と断ずべきである。

第二点

原判決には、それにさきだつ大審院の判例と相反する判断をしたという法令の違背があること。

すなわち、

上告人は、第一審と第二審を通じ、予備的な主張として、

上告人は、京都地方裁判所昭和五二年(ケ)第一一二号競売法による不動産競売事件の配当期日である昭和五四年一二月一二日の当時、競売物件の第三取得者として、登記簿に記入されていたものであるところ、被上告人は、同上の配当期日に、執行力のある正本によることなく、債権者の田中昭太郎から、債務者を野田隆造とし、登記簿に記入がある担保権を債権とともに譲受けたというだけで、それの対抗要件を具えてもいなければ、登記簿にそれの譲受の記入もないまま、配当要求をするものであることが知れたため、上告人のがわでは、被上告人に配当要求をする権原がないものとし、さような配当要求に異議を申出で、完結をみなかつたことから、係争の配当異議の訴訟を起したものであること、上告人は、そこで、終始、相手方の前出の権原を争つたのに対し、被上告人のほうでは、やがて、係争の担保権は、被上告人が田中昭太郎を代理人として野田隆造から取得したものであつて、便宜上、登記簿には、田中昭太郎の名義を使用し担保権の記入をしたものと換言する仕末となつたこと、原判決は、かくて、上告人の言分を排斥する理由が第一審判決の説示するところと合致するものとして、同判決九枚目表三行目から一四枚目裏五行目までを引用するけれども、要するに、それは、係争の担保権が外形上で登記簿に記入されたものと異なり、実質上で被上告人に帰属するものであることが証拠により認定されるかぎり、廃止前の競売法二七条四項四号の「不動産上の権利者としてその権利を証明した者」として、係争の担保権の債権者と扱うのが相当である。」というのに帰するものであるところ、

(一) まず、原判決のいう「不動産上の権利者としてその権利を証明した者」が、さような証明を競落期日の終了するまでにおこなわなければならないことは、競売の手続上で、自明の条理とみてよいにもかかわらず、被上告人は所定の競落期日が終了するまでという制限を守つていないことからみるも、担保権のない一般の債権者といわなければならないが、

(二) 次に、原判決よりも古い第三審の判例をさがしてみるとき、

大審院昭和八年一一月二一日の判決で、

「競売法による競売は、もと、優先弁済をうける権利を有する者のために認められたもので、一般の債権者の配当要求を原則として許さなく、民訴法六四七条二項その他執行力のある正本によらない配当要求に関する規定は準用がないものと解するを可とする(中略)執行力がある正本によらない無担保の債権者の配当要求は許さないものと解するを妥当とすべく(下略)」と判示しているもの、(前出の資料(い)による。)

又、大審院昭和一六年一二月五日の判決で、

「競売法による競売手続では、民訴法に認められるような執行力のある正本によらない一般の債権者の配当要求は許さなく、執行力のある正本による債権者以外には物上の担保権者のみ順位にしたがい弁済をうけるにとどまる(下略)」

と判示しているもの、(前出の資料(ろ)による。)

と、原判決は、特段の事情にふれることなく、相反する判断をしたものとも断ずるに十分となすべきである。

第三点

原判決には、民法九四条二項の解釈と適用をあやまり、それの裁判に影響をおよぼすことが明かという法令の違背(民訴法三九四条後段)があること。

すなわち、

上告人は、第一審と第二審を通じ、予備的な主張として、

上告人は、前出のとおり、係争の配当異議の訴訟で、被上告人が登記簿に同人の名義で記入されていない担保権にもとずき、配当要求をしたことにつき、それの権原がないことを争つたのに対し、

被上告人のがわで、係争の担保権は、被上告人が田中昭太郎を代理人として野田隆造から取得したものであつたが、便宜上登記簿には田中昭太郎に指示し、同人を担保権者と記入したものにすぎないことを反論するにいたつたが、

そうだとすれば、被上告人は、当初から、田中昭太郎に係争の担保権を取得させる意思がなかつたにかかわらず、通謀のうえ、登記簿には同人を担保権の取得者とする虚偽の記入をしたものとなるため、民法九四条二項を類推して適用しなければならなく、善意の第三者との関係では、さような虚偽の記入が無効であることを対抗できないものとしなければならない筋合となるにかかわらず、

原判決は、結局、係争の担保権と債権は、証拠により、実質上被上告人に帰属するものと認定されるとし、民法九四条二項の解釈と適用をあやまる判断をしているが、それは、判決に影響をおよぼすことが明かな法令の違背があるものと断じてはばからないしだいである。(不動産につき、権利者が実体関係と符合しない登記の外観を作出している場合に、善意の第三者に対し、権利者から、それが真実に合致しないことを対抗できないことは、第三審の相次ぐ判例で定着している理論となつているわけである。末尾に資料(へ)ないし(を)を添付しておく。)

上告人は、すみやかに、原判決を破毀し、相当の裁判をくだされることを願出るものである。

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